自分のルーツ 沖縄 ばあちゃん 戦争

昨日の8月15日で

日本の敗戦から

71年が経ちました。

前に書いた記事にも書きましたが

僕のルーツは沖縄にあります。

父方のばあちゃんは

戦争当時まだ小さかったので

沖縄から船で疎開先へ

集団で移動することになりました。

兄弟全員が乗っていざ出発というときに

おばあちゃんは行くのを必死で拒んで

残ったそうです。

その後

子供達を乗せた集団疎開の船は

途中アメリカ軍の砲撃を受け

たくさんの子供が亡くなり

船に乗ったおばあちゃんの兄弟は

全員亡くなったそうです。

ばあちゃんが

そのとき船に乗っていたら

僕は今ここにはいません。

僕だけじゃなくて

僕の家族や親戚も娘もいません。

当たり前だけど

僕だけじゃなくて

今生きている周りの友達も

戦争の時代を

彼らのじいちゃんばあちゃんが

生き抜いてくれたからいます。

父方のばあちゃんだけじゃなく

母方のばあちゃんも

両方のじいちゃんも

戦争を生き抜いてきました。

沖縄は少し事情が特殊で

戦後は日本人でありながら

アメリカ軍の占領下の元

たくさんの困難や屈辱や

偏見や差別を受けてきたそうです。

父さんも母さんも

そんな激動の戦後の沖縄で育ち

沖縄人として日本で

生き抜いてきたんだと思います。

そう思うと

僕の命は奇跡的に繋がれたものだけでなく

たくさんの想いが詰まってできているんだと

毎年8月15日に思い出します。

僕自身は

沖縄生まれです。

だけど

東京で育ったので

沖縄のことは何も知りません。

だから最近は

沖縄に関する文献を読みながら

自分のルーツである沖縄とは

どういうところなのか勉強中です。

このあいだ両親がタイに来た時には

沖縄の話を聞いたりしました。

まだまだ知らないことばかりだし

現地で生きていない僕が分かることなんて

一生できないかもしれないけど

昔から自分の中で疑問だった

なぜ僕には日本人という意識が薄いのか?

なぜこうして海外に出ているのか?

といった

今の自分が出来上がった理由には

実は自分のルーツとか場所や

ばあちゃんたちから受け継がれてきた

想いが大きな影響を与えていることに

ここ数年で気づきました 。

「過去は過去でしょ。未来だけを見つめていくのが大事だ」とよく聞きます。

だけど

長い歴史の中で

自分につながる人たちが

どう生きてきたか

どういう想いで生きてきたかを

知るということは

『どこから来て』を知ることです。

そして

『どこから来て』を知ることなしには

『どこに行くのか』を知ることはできないんじゃないかと僕は思います。

「昔のことは関係ない」のか?

冒頭に書いた

終戦ではなく実は敗戦という過去に向き合うことも

『どこからきて』というのを知るためには

日本人として大事なことかもしれません。

 

僕という人間にとっては

日本という国のことも

沖縄のことも

そこで行われた戦争のことも、

そして

そこで生きてきたじいちゃんばあちゃんたちが

繋いできたいろんな想いを知ることは大事です。

それらは全て

避けては通れない

『どこから来たか』という

 僕を作ってきた大事な場所だからです。

少しずつでも時間をかけて

『どこから来たか』と

ちゃんと向き合っていくと

海外で日本人として

また一人の人間として

毎日ボールを蹴りながら

たくさんの人と生きていく

動機を確かめさせてくれます。

・・・

今父方のばあちゃんは

認知症で僕のことを覚えていません。

母方のばあちゃんは

足が悪くてあんまり

家を出られないそうです。

かなり寂しい想いをしてると

思うので

次のオフには

新しく生まれた娘を連れて

ばあちゃんたちに会いに行こうと思います。

さてチームは依然

厳しい状況ですが

いいオフを迎えるためにも

今日も練習頑張ろうっと!

それでは今日も

最後まで観てくれて

ありがとうございました。

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